始まりにコンセプトはいらない
「どういうコンセプトなんですか?って聞かれるのが、なんだか嫌なんだよね。純粋にただやっているだけなのに。」
最近、ある作り手の人がそんな話をしていました。
私は普段、ブランディングの仕事をしているので、「コンセプトは大事です!」と言う側でもあります。だから、コンセプト不要論に触れた気がしてドキッとしました。
でも、よくよく考えてみると、その方と私は対立した考えなのではなく、異なる段階について言っているのだ、と気づきました。
ものを作るとき、人は必ずしも「意味」から始めているわけではありません。むしろ、情熱が生まれて、体が、手が、先に動いてしまう。
気になって、試して、繰り返していく。そうやって続いていくうちに、これを自分の活動としたい、これに名前をつけたい、これを通じて誰かとつながりたい、そんな思いに繋がっていくんだと思います。
先ほどの方は、手を動かしながら進んでいる、いわば、作ることそのものが思考といったような状態だから、「形になる前に名前を求められる感覚」みたいで、「嫌になっちゃう」のだと思います。
つまり、
コンセプトは、「動くため」に必要なのではなくて、コンセプトは、「関係を持つため」に必要になる、ということです。
作っている最中は、コンセプトなんてなくても進めてしまえるんです。ただ好きでやっている。なぜかわからないけど続いている。そして、気づけば、それがその人のスタイルになっている。
でも、それを誰かに届けようとした時、誰かと仕事をしたり、仲間が増えたり、社会との接点を持とうとした時にそこで初めて、「あなたは何を大切にしている人なのか」という言葉が必要になる。
ブランディングで必要なのは、制作のためのコンセプトではなく、存在のためのコンセプトです。
なぜこのブランドが存在するのか?誰に届けたいのか?何を大切にするのか?どう社会と関係を持つか?そういったことの表明のことです。
つまりコンセプトは、創作のためではなく、他者との関係をつくるためのツールのひとつなわけです。
私は、ブランディングの最初の一歩を聞かれた時、「まずコンセプトを決めましょう」と言いません。むしろ、「まずやってみましょう」と言っています。心の赴くままに動いてみることを、大事にしてほしいと思っています。
最初は、うまく説明できなくてもいいんです。それよりも、なぜか気になって、お客様の側ではいられなくなるような、うずうずとしたその感覚に従ってほしいと思っています。
理由は、あとから必ず見えてきます。
むしろ、動いたあとにしか見えないと思うのです。
コンセプトは、「作る」というより、すでにあるものに名前をつけるとか、見出すとか、すでに始まっているものの意味を見つけることだと感じています。
だからもし今、「まだ言葉にならない」「うまく説明できない」という状態だったとしても、焦らなくて大丈夫です。
まずは、動いてみて、その動いた軌跡を後で眺めたとき、それに名前を付けたほうが誰かに伝えやすい、と思ったら、そのとき初めてコンセプトを考えればよいのです。
コンセプトは、何かを始めるために作るものではなく、動き続けたあとで、「自分がやっていたのは、こういうことだったのか」と気づくための言葉だと思うから。
だから、ブランディングの最初の一歩は、「まずやってみること」。
情熱のままに。